昨年の2月、実家で長年苦楽を共にしてきた、愛犬リキが息を引取った。犬と人という違いはあっても、共に生命あるものとして暮らした16年半。奥谷さんはリキとの生活から、いろいろなことを学んだという。

空前のペットブームに沸いている我国でも、否応なしに迎えるであろう犬の高齢化、それに伴う介護やしつけなどの諸問題について、直接体験することが出来たことはドッグトレーナーとしてのキャリアアップだけで無く、様々な視点から客観的に物事を捕らえれるようにもなった。
現在はニューヨークに拠点を持つ、動物行動心理学者の須崎大さん率いるソーシャルカンパニー『DOGSHIP』の一員として活躍する奥谷さん。「笑顔は愛への近道」と、飼主の気持ちを汲んだ分かりやすい指導で、人気の高い新進気鋭のドッグトレーナーだが、その道程は決して平坦では無かった。

小さい頃から犬が身近にいる環境で育ち、大の犬好きの奥谷さん。
結婚して東京に移り住むまでは、地元大阪でイベントの司会、テレビやラジオのレポーター等「表現力や感情移入」が人一倍要求されるフィールドで長年活躍してきたこともあり、転居を機に、この経験を以前から願っていた犬との暮らしに生かしたいと考えた。しかし、奥谷さんが思い浮かべていた犬事情と、世間での状況とには大きなギャップがあることに気付くようになる。 そう、「世の中には、動物を自然体で受け入れる人と、そうでは無い人がいる」と言う事である。
ペットが人間社会と“自然体で共生”できる理想の距離を保つにはどうすれば良いのだろうか? 何度も何度も自問自答した。 臭い、鳴き声、散歩のマナーなど犬に対して不快に感じている人が多いのも事実。問題解決に難しい方程式は必要無い。一人でも多くの人にモラルを啓発し、犬を飼っていない人々にも、犬が本来持っている特性や魅力などを知ってもらえれば状況はかなり改善されるはず。そう考えた奥谷さんは、犬との生活を向上すべく、ドッグトレーナーを目指して猛勉強を始め、愛玩動物飼養管理士の資格を取得する。

ドッグトレーナーとして犬をサポートする仕事がしたい…という思いは日々膨らんでいったが、2004年に須崎さんの率いる『DOGSHIP』に辿り着くまでは、自分が共感できる出会いに巡り会う事はなかった。当時、『DOGSHIP』ではトレーナーの募集はしていなかったものの、奥谷さんの情熱を感じ取った須崎さんの「募集はしておりませんが、一度レッスンを見学してみませんか」との誘いに応じてレッスンに参加する事に。そこには奥谷さんがイメージしていたものとはまったく違った、本や学校では決して学ぶ事が出来ない、信頼関係をベースとした独自のトレーニング方が存在した。

従来のトレーニングは、どちらかといえばトレーナーの主観が中心であったが、ここでは自らの知識と経験値をベースとして、飼主と犬との相性を瞬時に見極めるとともに、各々の犬の特性や性格、更には生活環境を考慮したうえでの訓練方法や、飼主一人一人に対する意識改善のためのアドバイス等により、犬が人間社会で共生共存できるための、トータルサポートを行っているのであった。
Q.

A.

ドッグトレーナーと一言で言っても、考え方や訓練法等様々だと思うのですが、奥谷さんの目指すトレーナーとはどのようなものですか?
トレーニングは、躾と考えていただければ理解しやすいと思います。犬の個性や環境などはそれぞれに異なっていますから、トレーニングも画一的なものではなく、又、力づくで教えるだけでは、本当の信頼関係は生まれません。犬の性格や環境、犬種などを考慮に入れた上で、その子に合ったトレーニングやアドバイスが必要です。

最近では犬に関する情報も数多く、混乱を招いていることも事実ですが、躾とは「特別なこと」ではなく、もっと身近なもの、その根底にあるものは、とてもシンプルなものだと考えています。社会のルールを守り、信頼とお互いに気軽に相談し合えるような関係を築き上げ、犬と飼主が共に生活をエンジョイできるようにサポートするのが理想です。

Q.

A.
動物行動心理学博士でもある須崎さんとの出会いは、奥谷さんにどのような影響を与えましたか?
影響を受けたという感覚はありませんが・・(笑)、ここでは単に知識や技術を習得するだけではなく、飼主の方への接し方、立ち振る舞い等、多くのことがトレーナーとしての資質に関係していることを知り、この世界をより深く理解できるようになりました。そして、最初はこの仕事に就きたい一心で、一方的にコンタクトしたのが切っ掛けでしたが、私達の共通の思いが、単に知識や技術の探求だけにあるのではなく、「人と犬との幸せな暮らしを如何にサポートするか」という点にある事を知ったのは大きな喜びです。
Q.

A.
ペットブームですが、ヨーロッパのような「ペット先進国」に仲間入りするためには、トレーニングを含め何が必要でしょうか?
私もヨーロッパの人達の犬との暮らしを実際目で見て、こんな暮らしができればと心底思った事があります。
生活環境の違い等で、一概に比較することは出来ませんが、本来日本人が持っている「美徳」、助け合いや人を思いやる心はペットとの生活にも繋がるものと考えております。では、「それは何か」と問われると、「これ!」という明確な答えは出てこないのですが、犬と暮らすということは、簡単なものではないという「意識」と、「責任が伴う」ということを、しっかり認識してさえいれば、日本のペット環境も、そう捨てたものではないと思っています。そして、躾、環境、健康、老い・・・周りへの配慮など、各々がその責任をしっかり果たすことにより、更にすばらしいペット社会が、築き上げられるのではないでしょうか。

Q.

A.
奥谷さんにとって「犬」とはどのような存在ですか?
また「犬と人間」との理想の関係とは?

人生に彩りを沢山加えてくれる、何物にも変えられない存在でしょうか。犬は私たち人間とはやはり違う生き物です。一方的に愛情を押し付けるのではなく、犬のあるがままの姿を尊重し、絶妙な距離感を取る事により、人間と犬との幸せで快適な空間が生まれるように思います。
奥谷さんのように、強い信念を持って、日々努力している人は意外に多い。それでも、多くの犬猫たちが無惨な生涯を遂げている。その殆どが、無知と無責任な飼主によって処分される、救えたはずの尊い命だ。世の中には犬を受け入れなかったり、苦手だと言う人がいることも事実である。しかし、奥谷さんはトレーニングを通して、犬と人間とのコミュニケーションの魅力や、命あるものと暮らすことの大切さを、一人でも多くの人に知って欲しいと願っている。 そして、その事を伝えるのが自分の使命ではないかと感じ、日々精進し続けている。

■取材協力:奥谷友紀(DOGSHIPオフィシャルCrew)