盲動犬の生涯とそれを取巻く人々の出会いや別れ、そしてふれあいを纏めた心温まるドキュメンタリー 「盲導犬クイールの一生」で、多くの人に感動と共感を与えた写真家、秋元良平。

彼の撮る写真からは、その被写体となる人や動物との信頼関係はもちろんのこと、ファインダーを通して見守る、優しさと温かな眼差しが感じられ、誰もが幼い頃に感じたであろう、何気ない物事への『ワクワク感』や『鼓動』が伝わってくる。

そして、何処か心温まる気持ちになれると同時に強い衝撃を受ける。
両親の仕事の関係で、ごく短期間ではあるが幼少期を四国の宇和島で過ごした。その後、東京に引っ越したものの、愛犬と一緒に裏山を走り回ったり、日々豊かな自然とともに過ごした宇和島での記憶が、今でも鮮明に残っているという。

東京農業大学畜産学科では、人工受精卵移植の研究に没頭するものの、無類の動物好きである彼には、どうしても何処か引っ掛かる部分があり、これは違うと感じ、卒業後は写真の世界へと転身する。やがて出版不況の最中にありながらも、大ベストセラーとなった『盲導犬クイールの一生』の写真家として、不動の地位を築く事になるが、そこに至るまでの道程は決して平坦なものではなかった。「最初、新聞社写真部の契約社員として配属されたものの、写真の専門学校に通いながらという状況では、まともな写真が撮れるはずもなく、そんなに甘い世界ではありませんでした。どんなに頑張っても撮れないんですよ、良い写真が…(笑)。 当時は報道の他、通信販売向け商品を中心に撮っていましたが、以前から望みであった、自然や動物の写真を撮りたいという気持が日増しに強くなり、新聞社を退社し長野県へ移り住みました。 そこでレストランなどの手伝いをしながら、創作活動に没頭する毎日でしたが、やがて夢破れ、失望のうちに帰京という事に(笑)」。
その後は、フリーペーパーを中心にカメラの仕事は続けていたものの、経済的にはかなり厳しい状態が続いたと言う。そんな生活が続いていたある時、畜産学科卒業という事を知っている知人から、ラブラド−ル犬の出産を手伝って欲しいという依頼があり、自然の成り行きから写真を撮る事に。 出産予定の母犬は家庭犬であったが、父犬は関西盲導犬協会の繁殖犬ということで、生まれた子犬の一頭は、盲動犬として京都の盲導犬協会に提供することが決まっていた。

盲導犬は文字通り、視覚障害者の目となり、安全に歩行できるように助ける為の特別な訓練が必要であり、その為には、集中力、記憶力、判断力、穏やかさなど、人間との信頼関係を築くための気質と、身体的にも盲導犬としての資質が求められ、10頭を訓練しても、盲導犬になれるのは多くて3頭くらいであるという。

当初クイールに、盲導犬としての資質が秘められているかどうか、誰にも解らないことであったが、最終的に盲動犬として成長・活躍し、被写体として選んだ甲斐があったといえる。
当時は経済的に苦しい状況にあり、京都まで通って撮り続けるのは大きな負担であったが、「撮りたい一心と、ここまできたら撮るしかない」との想いから、東京から京都まで何度も通い、クイールが盲導犬になるまでを一冊の写真集に纏め上げた。

そして盲導犬へと成長してゆくクイールを通して、秋元自身写真家としてだけではなく、被写体となる人や動物との接し方、感じ方、技術的な事なども含め多くのことを学んだと言う。
「目を閉じると盲導犬と視覚障害者の気持を、より身近に感じ取る事ができるんですよ。健常者は殆どの情報を目に頼っており、目が見えるからこそ理解できていない事が多いのです。 目を閉ざすと五感は鋭敏になり、足の裏で道路の凸凹を感じ、車の音は凄く大きく聞こえる。臭覚は鋭くなり、普段は感じる事もなかったちょっとした匂いも分かるようになり、頬を切る風も心地良く感じる事ができる」

「カメラは道具の一つに過ぎないけれど、体の一部分になるんですよ。写真を撮る前には、被写体との信頼関係を築き上げることにより、被写体から”構え”を無くする事が重要で、構えがなくなる時、自然と心温まる写真が撮れるんです。自然を撮る場合も同じで、言葉はかけてくれないけれど感じるのです。無理に撮る必要は無く、しばらくすると『これだ』と感じる事がある。『これが呼んでいたんだ』と言うシーンに遭遇する時にこそ、心を打つ写真が生まれるのです」。

目が見えている時にも五感は働いているのであろうが、視覚からの情報と影響は余りにも大きい。盲導犬自身は何も理解せずに、人に忠節に尽くしているのであろうが、我々人間が普段生活していく中で徐々に失われつつある能力を、犬達は常に敏感に感じ取っているのかも知れない。クイールは様々な人達と暮らしてきたが、何時何処でも自然体であったという。7歳の時に使用者であるパートナーの方が亡くなった後は、3年間デモンストレーション犬として活躍してからリタイヤーした。通常リタイヤーした盲導犬は、引き取り手であるボランティアの元に戻る事になっているが、クイールはパピーウォカーのたっての願いから、育ての親の元に戻り余生を送る事になった。

当初、クイールの生涯を撮り続けるという計画はなく、盲導犬への成長過程を撮るだけの予定であったが、クイールを通して知り合った人々との心温まる触れ合いや気遣いから、クイールの生涯をファインダーに納める事になった。クイールは白血病を病んでおり、死期が間近であることを感じ取ったパピーウォーカーから『クイールはもうそろそろあぶないんで、撮ってみたらどうですか』と電話を頂いた。撮りたい気持ちはあっても、クイールの状態を考えると自分から撮らしてくれとはどうしても言えなかったと。「そんな僕の気持を、察してくれたかの様な一本の電話は本当に嬉しかった」と秋元は言う。

こうして、多くの人々の心を打つ一冊の本の完成は、80万部を超える大ベストセラーとなり、NHKのTVドラマ化では高視聴率を記録し、映画化までされることになった。更に、このことは盲導犬の普及に多大な貢献を果たす事にもなり、信頼と絆、生命あるものと共に暮らす事の大切さなど、多くの人の心を揺さぶると共に、感動と教訓を与えるものともなった。
不幸な犬猫を少しでも減らす為に、写真を通して動物達の置かれた現状を出来るだけ多くの人に知ってもらおうと、様々な活動に積極的に協力している。

悲惨さをストレートに伝えるために、保健所で殺されていく犬達をさえ撮っていた時期もある。「犬猫達は、自分が明日には殺されることを解っている。飼主に見捨てられ、死を感じ取った犬達の顔はあまりにも可哀想すぎる。これは違うなと感じた。では、僕はそこで何をすればいいのかと考えた時に、幸せになった犬達の笑顔を撮って、その笑顔は実を言うと、本当は死ぬ一歩手前だったんだよと伝えようと考えた。この笑顔は殺されなかったからこそある。でも本当は殺されていたかも知れないし、現実に殺されている子は沢山いる。その不条理を考えつつ撮っている」。

クイールの写真家としてはあまりにも有名な秋元良平だが、彼の撮る被写体は何も動物だけではない。自然や人々、食べ物までとその被写体は実に幅広い。どんな被写体であったとしても、共通しているのは、伝えたい『心』が感じられる。動物や人、自然など被写体のジャンルは異なっていても、触れ合うことによって 『心』で繋がるものがあるという。

「写真の中の何かでは無く、心の中の写真だと解るようになった。ただ機械的に綺麗な写真を撮るのではなく、人々に喜んでもらい、人と人とが暮らしの中で幸せを感じてもらえる様な暖かみの増す写真を多くの人に伝えて行きたい」



■取材協力・写真提供:秋元良平
秋元良平写真事務所
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